2008年09月28日

精霊崇拝アニミズム【カンボジア】

カンボジアの住民の95パーセントは仏教徒ですが、上座部仏教とともに人びとの生活に、精神に、深く根付いているのが「ネアク・タ」という、一種の精霊崇拝「アニミズム」です。これは土地神や先祖神で、小さな祠をつくって祀られていることが多いです。

・トロット
カンボジアの行事、および伝統芸能には精霊崇拝の精神を組み込んだものが多くあります。 たとえば、カンボジアのお正月「4月中旬」に催される民俗行事に「トロット」というものがあります。 新年の神々を迎えて、今年の幸福を祈願し、踊りを行うのです。精霊崇拝「アニミズム」に仏教的要素が加わって形成されました。農村の伝統行事のひとつです。


・アプサラダンス
アプサラは、神と人間との仲介者です。インドでは「水の精」を意味しますが、カンボジアにおいては天女、天使に近い存在として捕らえられているようです。踊りは神への祈りとしてささげられます。 現在は、国の文化政策の一環として育成されています。 

かつてのアンコール王朝の都であり、アンコール遺跡群の観光拠点となっている、シエムリアプ市内に、カンボジア工芸技術学校「アーティザン・ダンコール」があります。 カンボジアの工芸品の工房と並び、アプサラダンス教室を見学することができます。 

アンコール王朝の隆盛と衰退、シャム「タイ」の侵略、その後近代の戦争と略奪、虐殺・・・と、悲惨な歴史を経て、活気を取り戻そうとしているベトナムの元気な姿をみると、何か、私たちが失ってしまったものをみている気がします。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】


20080718125116_3.jpg
posted by カンボジア at 16:05| 日記

2008年08月06日

スパエク 影絵劇【カンボジア】

スパエク

カンボジアに限らず、東南アジア一帯の文化にはインドの影響が色濃く根付いています。 特に、インドの長編叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」はタイ、インドネシア、そしてカンボジアにおいて、土着の文化や民話を織り込み、それぞれの地域版ともいうべきものを生み出しています。 

カンボジアにおいて、これら2大インド叙事詩は影絵劇となって発展しました。「リムッケー」は、カンボジア版「ラーマーヤナ」として知られています。 

スパエク「影絵劇」は、「ラーマーヤナ」物語を題材にとった民衆影絵劇です。大まかな筋は決まっているのですが、台本はありません。ほとんど即興で演じられ、その場の軽妙なやりとりが観る者に緊張感と笑いをもたらします。 それが、現代に生きる古典影絵「スパエク」の大きな魅力となっています。 農村のひとつの娯楽として定着しており、祝い事や収穫後などに寺の境内で行われます。 

"カンボジアは、首都プノンペンを除くと、アンコール遺跡群のあるシエムレアプといえども小さな都市ばかりといっていいほどです。カンボジアの全人口のうち80パーセントは農村に住んでいます。 農村の生活は農事暦によって規定され、農民にとっては自然のサイクルこそが道徳であり、一種の秩序なのです。メコン川とトレッサップ湖、そしてシャム湾・・・と、自然の恵みが豊かな"カンボジアでは、今も昔も農民が国家を支えています。 
あれほどの隆盛を極めたアンコール王朝が15世紀半ばにシャム「タイ」のアユタヤ朝に侵略され、その後、近代においては1970年以来、戦争と虐殺、そして今もジャングルに埋まったままになっている地雷・・・と、悲惨な経験を経てきているにもかかわらず、楽観的で、くよくよしない性格といいわれる農民たちが力強く生活を営んでいる姿をみると、旅人は元気をもらえる気がします。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】

posted by カンボジア at 09:17| 遺跡

2008年06月09日

トレン・サップ湖【カンボジア】


"カンボジアを訪れる観光客のなかには、東南アジア最大の湖であるトレン・サップ湖の旅情ある景色を楽しみにしている人もいることでしょう。トレン・サップ湖の湖上クルーズは、カンボジア旅行の締めくくりに是非、お勧めしたい観光ポイントです。

トレン・サップ湖は、川を通じてメコン川とつながります。 11月〜4月にかけて"カンボジアは乾季を迎えます。 また5月〜10月には雨季です。トレン・サップ湖は、乾季には排水し、雨季にはメコン川から逆流します。 メコン川にとって天然の洪水調節池の役割と担っているのです。雨季になると、トレン・サップ湖の湖水面積は乾季の3倍以上に広がるといわれます。 

トレン・サップ湖は、カンボジアの人たちの胃袋を支えているともいえます。 湖岸には野生の浮稲があり、世界有数の淡水魚漁場として知られているのです。漁師の多くは、ベトナム人やチャム人です。乾季には定置網漁が行われます。 

川や湖で豊富な魚がとれる"カンボジアでは、調味料としても魚が重要な役割を担います。 ブラホックは、湖や川からとれた小魚を、樽に塩漬けにしてペースト状にした調味料です。そのままお米といっしょに食べることもありますが、卵焼きや野菜炒めなどにも活躍する万能調味料です。乾季の始まる11月ごろから"カンボジアでは、家族総出で漁に出ます。 プラホックをつくるための小魚をとるのです。そしてとった魚を樽付けにします。 地域によっては3月まで続く大作業となります。 カンボジアの農村にとって、欠かせない年中行事です。

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】


posted by カンボジア at 06:16| 日記

2008年06月06日

宗教生活と礼儀作法【カンボジア】


"カンボジアは、住民の95パーセントが仏教徒です。仏教は、ポル・ポト政権時代には、大弾圧を受けました。しかし現在は、再生中です。もそもそ農村部の人たちは信心深く、寺院は生活の一部として機能していました。祭りや儀礼も寺とは切り離すことができないものでしたし、寺が社会教育の場になっており、そこで成年教育や道徳教育がなされていたのです。カンボジアには、「チュバ・クラム」という、礼儀作法集がありますが、これは仏教道徳や社会訓話などを収集したものです。

カンボジアには、「ポン・プレア」という日があります。 この世に善行を行う日とされ、朝、人びとが僧侶の説教を聞くために集まるのです。供え物をささげ、僧の前にひれ伏して功徳を積みます。 

もともと、アンコール遺跡群のなかで、巨大な大寺院として12世紀に建立されたアンコール・ワットですが、そもそもこの寺院は建立当時、クメール人「カンボジア人」の信仰していたヒンズー教に基づいて建てられたものだったのです。後に、15世紀中頃からシャム「タイ」のアユタヤ朝など、タイの勢力が及ぶなか、上座部仏教化して仏像が安置されるようになり、仏教寺院としての体裁を整えたのです。

その他、カンボジアには、「チュバ・プロ」と「チュバ・スレイ」といって、成年の男女になされる道徳教育があります。 「チュバ・プロ」は男子訓であり、「チュバ・スレイ」が女子訓です。

道徳教育が廃れつつあるといわれる日本が見習うべきことが多いかもしれません。

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】
posted by カンボジア at 05:35| 日記

2008年06月02日

日本人との交流【カンボジア】

カンボジアには、17世紀初めごろからプノンペンやピニャールに日本人町が形成されるなど、日本とは交流があったようです。最盛期には、数百人の日本人がこの地に居住していたといわれます。 朱印船貿易によるものでしたが、日本の鎖国以後、交流はとだえ、日本人町も消滅したのです。

また、今では、カンボジアの観光の要所となっている、アンコール遺跡群ですが、密林のジャングルのなかから再発見されたのは、約100年前のことです。その世界的文化遺産であるアンコール・ワットに落書きをするなど、とんでもないことですが・・・実は、江戸時代の初めに日本の武士がこの場所を訪れていたことが、遺跡に残された落書きから明らかになっています。 

当時、日本人はアンコール・ワットを祇園精舎の遺跡と勘違いしていたようです。コーサラ国にあったと伝わる歴史的祇園精舎は、実際には今のインドのウッタンプラデシュ州にあったとされ、現在は整備されて観光地となっています。 

ところが江戸初期、加藤清正の家臣の子が、先祖の菩提を弔うためにこのアンコール・ワットに仏像を奉納したというのです・・・そのことが落書きに書かれていたのです。祇園精舎というのは、釈尊が説法した僧院です。1632年にアンコール・ワットを訪れた、森本右近太夫一房は、アンコール・ワットの大寺院を見て、その壮大さに圧倒されてしまったのかもしれませんね。てっきり祇園精舎と勘違いして参拝し、仏像を奉納しました。そしてあろうことか、墨で壁に落書きを残したのです。

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】

posted by カンボジア at 02:16| 日記

2008年05月31日

アンコール・トム【カンボジア】

アンコール遺跡の観光拠点であるシエムリアプへは、カンボジアの首都プノンペンから空路で行くのが一般的です。カンボジア航空が毎日3~4便往復しています。 所要時間は50分程度です。

その他、タイから直接カンボジアのシエムリアプへ入るルートもあります。 バンコクからカンボジア航空、バンコク・エアウェイズ、タイ航空が運航しています。 所要時間は1時間程度です。

巨大な都城であるアンコール・トムは、9世紀に即位したヤショーバルマン一世がアンコールの地王都と定め、4キロ四方の大環濠都城を建造したことに始まります。 ヤショーダラプラ「「ヤショーバルマン王の都城」」と呼ばれ、それから約550年間にわたって、都城と寺院が建設されることになるのです。アンコール・トムというのは、クメール語で「大きな都市」を意味します。 

アンコール「クメール」王国は、12世紀末から13世紀初め、ジャヤバルマン7世のときに最盛期を迎えます。 アンコール・トムは、大寺院アンコール・ワットの北に隣接し、周囲を濠で囲まれています。 内部には王宮や寺院など、80を超える石造遺跡があります。 その代表的存在が、バイヨン寺院です。

バイヨン寺院の49ある尖塔の上部には観音菩薩の4面像が刻まれています。 つまり、196にのぼる数になるのです。普段、宗教とは無縁の生活を送っている人でも・・・四方八方から巨大な菩薩の顔に囲まれると、敬虔な気持ちになるから不思議です。かすかに微笑むその笑いは「クメールの微笑」と呼ばれ、カンボジアの紙幣である500リエルに印刷されています。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】
posted by カンボジア at 05:14| 日記

2008年05月25日

アンコール・ワット【カンボジア】

アンコール・ワットは、9世紀に即位したヤショーバルマン1世が建築を始めた大環濠都城の建設が約550年間にわたって続けられるなか、12世紀にスールヤバルマン2世によって建立された石造大寺院です。アンコール・ワットとは、「寺院都市」を意味しますが、本来これはスールヤバルマン2世の廟墓だったといわれます。 

寺院は、周りを取り囲む濠と参道、3つの回廊、および中心の5基の塔から成ります。 外周を取り囲む濠は壮大で、東西1.4キロメートル、南北1.3キロメートルにおよびます。 その壮大さに酔いしれながら、ゆっくりと自分の足で歩いてみるといいかもしれませんね。そのスケールの大きさを実感することでしょう。

アンコール・ワットには、古代インドの影響と土着の文化がその基盤をなしているといわれます。 スールヤバルマン2世は、この寺院により王権の神格化を図る共に、クメール「カンボジア」独自の宇宙観を表現しようとしたのです。

もともとアンコール・ワットは、当時のクメール人の信仰に基づいて建てられた寺院だったのです。ところがその後、タイ「シャム」のアユタヤ朝の侵入を受け、タイの影響から上座部仏教化し、仏像が安置されるなど仏教寺院としての体裁を整え、今日に至ったのです。

5基の塔は、高さ60メートルの中央塔の周りに4基の塔を配置し、祠堂となっています。 これは世界の中心のメール山を象徴します。 そして周壁は、雄大な連邦を、環濠は深く、無限な大洋を意味していたといいます。 寺院の最上階にある中心塔は、ヴィシュヌ神が降臨する場です。そしてここで王と合体するといわれていました。

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】
posted by カンボジア at 20:09| 日記

2008年05月23日

アンコール・ワットの壁画彫刻【カンボジア】

アンコール遺跡群のひとつ、アンコール・ワットは、12世紀に建立された巨大石造寺院です。寺院は、周りを取り囲む濠と参道、3つの回廊、および中心の5基の塔から成ります。 東西1.4キロメートル、南北1.3キロメートルにおよぶ外周の濠を自分の足で歩いて、その壮大さを実感するといいでしょう。

アンコール・ワットには、古代インドの影響と土着の文化がその基盤をなしているといわれます。 現在は、仏教寺院としての体裁を整えていますが、建立当時は、クメール人「カンボジア人」が信仰していたヒンズー教の寺院だったのです。インドの影響と、ヒンズー教の影響は、その3つの回廊に掘られた壁画彫刻にみることができます。 

3つの回廊では、緻密で豪華絢爛なレリーフに圧倒されます。 

第1の回廊には、古代インドの長編叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」などに取材された物語が彫られています。 

第2回廊には、ヒンズー教神話の天地創造神話、「乳海攪拌図」があります。 「乳海攪拌図」は、左半分には阿修羅、右半分には神々がいて、ナーガ「大蛇」の胴体で綱引きをしているものです。足元には、魚やわにがうごめき、頭上にはアプサラ「天女」が踊っています。 綱の中心で指揮をとるのは亀の背にのったヴィシュヌ神です。

そして第2回廊から第3回廊へと向かう中では、内壁のデバダ神の柔和な表情に見ほれてしまうことでしょう。優雅が踊り、華奢な髪飾り・・・その繊細さは、神々しさを放っています。 

インド叙事詩やヒンズー教の物語を知ったうえで見ると、実に見ごたえのある壁画彫刻であることがよりいっそう実感できます。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】
posted by カンボジア at 02:09| 遺跡

2008年05月21日

タ・プローム【カンボジア】


アンコール王朝の王都として9世紀に始まった大環濠都城の建設は、その後550年間にわたって建設を続け、アンコール・トム「都城」、12世紀にアンコール・ワット「大石造寺院」が建設されました。15世紀に最盛期を迎えたアンコール王朝でしたが、15世紀半ばにタイ「シャム」のアユタヤ朝の侵略をうけ、衰退の一途をたどります。 王都は陥落し、都は各地を点々とすることになりました。そして・・・かつてあれほど栄光をきわめたアンコールは都市としての機能を失い、歴史のなかに捨て置かれることになりました。ジャングルの奥地で長年の眠りに就くことになったのです。

そのアンコールの遺跡群が再発見されたのは、今からほんの100年ほど前、ひとりのフランス人博物学者アンリ・ムーオによってだったのです。彼は、1860年にジャングルの奥地、原生林に埋もれたアンコール・ワットを初めて目にしたときの感動を次のように述べています「『カンボジア・ラオス諸王国王旅行記』より引用」:

「森の彼方の広大な地域に、円屋根や五つの塔を見つけた巨大な柱廊をそびえていた。「中略」紺碧の空のもと静寂の背景をなす森の深緑の上高く、美しくまた荘重なこの建物の力強い線を見出したとき、私はその巨大な輪郭に一種族全体の墳墓を見出したような感じを受けた」

タ・プロームは、発見当時のままの姿を残す寺院です。12世紀から13世紀にかけてヤバルマン7世が母親を弔うために建立されました。発見当時のままガジュマルの太い根が張っており、ジャングルのなかで自然と共存してきた遺跡の運命を窺うことができます。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】
posted by カンボジア at 19:19| 日記

パンテアイ・スレイ【カンボジア】


アンコール・ワットから40キロメートル北西にある「パンテアイ・スレイ」は、10世紀に建立された小さな遺跡です。薄紅色の砂岩で造られた寺院は、小さいながらも訪れる人びとが息を呑むほどのすばらしい魅力を放ちます。 

その壁面はヒンズー神話をモチーフにした華麗な装飾で埋め尽くされているのです。その彫刻は、アンコール遺跡のなかでも最高のできといわれるほどです。特に中央祠堂には、「東洋のモナリザ」と呼ばれる、デバダー「女神」や、守門神ドゥヴァラパーラのレリーフが残されています。 繊細で優美、かつ壮観な美しさに、アンコール遺跡を訪れた人たちのなかには、最も感動したと述べる人も少なくありません。

アンコール・トムやアンコール・ワットのあるところ周辺からは、バイクタクシーでのアクセスも可能で、所要時間は3時間ほどです。しかし道中の安全には不安が残ります。 道路事情が悪いだけでなく、強盗などの万一の危険が伴うのです。外務省は観光を控えるよう呼びかけていますが・・・見逃すには惜しいところです。訪れるときには、事前に現地での最新かつ確実な情報を入手して下さい。

町の情報はツーリスト・オフィスで入手するといいでしょう。遺跡群の地図も手に入ります。 アンコール遺跡群の入場券も扱っていますので、シエムリアプに到着したらまず先に訪ねるといいでしょう。午後は閉まっていることが多いので要注意です!その他、ホテルやレストランで情報ノートなどが置かれ、旅人同士の情報交換ができるようになっているところもあります。 

カンボジア案内人では、カンボジアの現状について、ボランティアや学校の解説や、カンボジアの料理の紹介や歴史等について解説しています。 管理人の体験談や書籍、専門サイトで得た知識や専門家の方からのアドバイスなどを元に解説しております。 分からないこと等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせ先は、「zqq11qq●yahoo.co.jp」●を@に変換してからお問い合わせ下さい。当サイトがあなたのお役に立てれば幸いです。【管理人より】

posted by カンボジア at 19:18| 日記
<。--shinobi1--> <。--shinobi2-->